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なかなか死なないよ

人類に希望と絶望を

井の中の蛙大海を知らずと言うけど大海を知るためのハードル高すぎない?

こんにちは、池浦です。

 

最近僕は井の中の蛙だなーって思う。

 

決して知識が豊富とも言えないしスキルがあるわけでもない。

 

そんな僕が大海を知ろうと思っても無理じゃない?

インターネットで調べれば良いじゃん。って思うでしょ?

でもね、百聞は一見にしかずなんだよ。

井の中でいくら情報を集めても結局大海に出てみなきゃなーんもわからないよね。

なーんも。

 

そもそも大海に出たら井の中に戻ってこれないよね?片道切符だよね?

それじゃあ誰も出たがらないよ。

まあ、大海に出ろとは誰もいってないんだけどさ。

それでも大海に出たいと思ってる蛙が出れるような環境があってもいいと思うんだ。

今みたいに井の中で会社名という虎の威を借る狐の僕は、虎の威を借りずに過ごしたいよ。

 

そして、大海に出たいと誰かに行っても石の上にも三年だとか長い物には巻かれろと言われるしね。そんな言葉は馬の耳に念仏だし、僕は結局気にしてないんだけどさ。

 

仮に、大海に出れるような環境があれば、世の中に自由が生まれると思うんだ。より流動的に。

それが果たして正しいのかはわからないけど、隣の芝生は青く見えるわけで、その芝生にすぐ行けるのはとても魅力的じゃない?

 

僕のお父さんも昔は大海に出ようと思ってたんだけど、結局でなかった。

その話を聞いた時に蛙の子は蛙だなあって感じた。

 

このままだと井の中と大海どちらがいいか比較すらもできない。

自分が井の中でどのくらいの力を持ってるかわからない。このままだと兄たり難く弟たり難しの前にそもそもそれぞれの力を測れない。

 

そして、先ほど大海に出れるならと話したけど、今の現状を考えても故郷に綿を飾ることは難しいよね。

それでも虎穴に入らずんば虎子を得ずって思ってるから

 

大海に出るキッカケ。そうゆうのがほしい。

能動的にも受動的にも無理なら、そういった奇跡的な"何か"が無いと、僕は一生井の中の蛙だね。

 

失敗とかどうでもいいし、成功するための転ばぬ先の杖もないけど、それでも雀の涙でいいから自分で稼ぎたいなって思う。

 濡れ手で栗なんてそんなこと考えてないし、風前の灯になってもいいから、天馬空を行くような人生を歩みたい。

 

おわり